大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4196号 判決 1965年5月22日
原告 中山孝夫 外三八名
被告 株式会社橘屋
主文
被告は、
原告中山孝夫に対し金三七二、七八〇円
同馬場良之に対し金二一五、五七〇円
同仲田勉に対し金一〇〇、七六三円
同植村誠治に対し金二〇二、〇七〇円
同今村成吉に対し金一〇七、六二四円
同佐久間利夫に対し金一七五、八四二円
同石井尚夫に対し金八五、六〇四円
同松田勇に対し金九〇、二五〇円
同堀川勲に対し金九五、九九五円
同瀬戸口茂に対し金二八四、四二四円
同太田由忠に対し金六六、五八〇円
同大岩新太郎に対し金六八、三七三円
同村上照夫に対し金五九、八八八円
同中村長平に対し金六〇、〇三六円
同中西昭夫に対し金五九、八八二円
同長尾成治に対し金六八、九七三円
同田中正清に対し金二二七、二六四円
同田中卯三郎に対し金六九、五五二円
同筒井良勝に対し金八九、〇〇三円
同田中孝夫に対し金一六〇、二二四円
同田口修に対し金九〇、二〇八円
同木下淳に対し金一二一、八四九円
同森本留治に対し金三四二、二五八円
同山根治邦に対し金九九、三九二円
同森口栄夫に対し金六九、九一七円
同榧野貞夫に対し金六七、九四一円
同渡辺邦博に対し金二一、一一一円
同柴田登に対し金二〇、六〇七円
同赤松虔誠に対し金一九、三一四円
同山口隆男に対し金一五六、一四二円
同上田幸男に対し金一七、二〇五円
同大石義秋に対し金九、〇〇九円
同松田てる子に対し金三、〇九九円
同岸田敏子に対し金二、二六八円
同桝井慶子に対し金二、五九八円
同池原章介に対し金六五、一八四円
同秋田美佐子に対し金一、一二二円
同上田伴子に対し金一、六五〇円
同奥中悦子に対し金二、〇四〇円
およびこれらに対する昭和三四年一〇月一八日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決は、
原告中山孝夫おいて金一二四、〇〇〇円
同馬場良之において金七八、〇〇〇円
同仲田勉において金三三、〇〇〇円
同植村誠治において金六七、〇〇〇円
同今村成吉において金三五、〇〇〇円
同佐久間利夫において金五八、〇〇〇円
同石井尚夫において金二八、〇〇〇円
同松田勇において金三〇、〇〇〇円
同堀川勲において金三二、〇〇〇円
同瀬戸口茂において金九四、〇〇〇円
同太田由忠において金二二、〇〇〇円
同大岩新太郎において金二三、〇〇〇円
同村上照夫において金二〇、〇〇〇円
同中村長平において金二〇、〇〇〇円
同中西昭夫において金二〇、〇〇〇円
同長尾成治において金二三、〇〇〇円
同田中正清において金七五、〇〇〇円
同田中卯三郎において金二三、〇〇〇円
同筒井良勝において金三〇、〇〇〇円
同田中孝夫において金五三、〇〇〇円
同田口修において金三〇、〇〇〇円
同木下淳において金四〇、〇〇〇円
同森本留治において金一一四、〇〇〇円
同山根治邦において金三三、〇〇〇円
同森口栄夫において金二三、〇〇〇円
同榧野貞夫において金二二、〇〇〇円
同渡辺邦博において金七、〇〇〇円
同柴田登において金七、〇〇〇円
同赤松虔誠において金六、〇〇〇円
同山口隆男において金五二、〇〇〇円
同上田幸男において金五、〇〇〇円
同大石義秋において金三、〇〇〇円
同池原章介において金二一、〇〇〇円
の各担保を供し、その余の原告においては無担保で、それぞれ仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は、「被告は、原告等に対し、別表一の「時間外労働賃金計算表」末段の「時間外労働賃金合計」欄に記載の金員およびこれに対する昭和三四年一〇月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。
一、原告等は、被告会社の従業員で、いずれも、本社の菓子製造工場に働いていたものであるが、昭和三二年四月一七日より同三四年四月一六日までの間、別表二の「出勤日数表」記載どおりの日数の出勤した日に、常に、一日について八時間の労働時間を超え、すくなくとも、三時間の割合の時間外勤務に服した。
二、したがつて、被告は原告等に対し、原告らの右時間外の労働に対し、各自の一時間当りの賃金額につき、二割五分の率で計算した割増賃金(時間外労働賃金)を支払うべき義務がある。すなわち、被告会社において、時間外労働をした者に対して右割増賃金を支給しなければならないことは、昭和二六年四月一日制定施行の被告会社就業規則第二八条およびこれにもとづく給与準則第一六条に規定されているところであり、仮に右の規則がなくても、労働基準法第三七条によつて法定されているからである。
三、そして、原告らの基本賃金(月額)、一時間当りの賃金額および一時間当りの割増賃金額は、それぞれ別表一の各該当欄に記載のとおりであるから、原告らは、被告に対し、同表「時間外労働賃金合計」欄に記載の金員およびこれに対する本件訴状送達の日以後である昭和三四年一〇月一八日から支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
さらに、被告の主張に対し、次のとおり述べた。
一、被告は原告等の受取る月額賃金は一ケ月の労働日数を二五日とし一日の労働時間を一二時間として定めたものであるから、三時間分の時間外労働賃金は、右月額賃金の中に含まれていると主張するが、かような労働時間および賃金の定めは、労働基準法第三二条ならびに第三七条にそれぞれ違反し、右違反する範囲において無効であり、被告において特に同法第三三条、第三六条、第四〇条所定の手続を経たこともないのであるから、原被告間の労働契約は、一日の労働時間を八時間とし、毎月支給された賃金はこれに対する賃金とする契約に修正されているものというべく、したがつて、前記賃金は割増賃金算定上の基本賃金に該当するものというべきである。
二、原告中山が被告会社の取締役であつたことは認めるが、同原告は、現場の業務に従事し、給与も他の従業員とまつたく同一の取扱いを受けていたものであるから、同原告が取締役であつたことは、同原告の時間外割増賃金請求の妨げとなるものではない。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。
一、請求原因一の事実中、原告等が被告会社の従業員であつたことは認めるが、原告等がその主張のとおりの日数の出勤した日に、その主張の時間外労働をしたとの点は否認する。
1 被告会社では、一年を通じてみると、季節により菓子製造の忙しい時期と暇な時期とがあり、九月から翌年五月頃までのいわゆる冬場は比較的忙しいが、六月から八月頃までのいわゆる夏場になると非常に暇となり、従業員は正午過ぎにはすでに仕事を終了している状態であつて、原告等のいうように年間を通じて毎日三時間の時間外労働をしたということはあり得ない。
2 被告会社では昭和三四年一月四日会社更生の申立をしたが、これより先、昭和三三年一〇月二日、被告会社代表者岡本敬之助は、当時被告会社の取締役であつた訴外八木隆治に対し、会社の窮状を打開するため、右会社更生の申立をしたい旨協議したところ、同訴外人は協力するどころか、同年一〇月二七日自ら株式会社京都橘屋を設立し、被告会社に出勤しなくなつたため、原告等従業員は動揺し、前記更生申立についで昭和三四年一月一七日裁判所の保全処分がなされるに及び、一斉に怠業を始め、この状態が同年八月末頃まで続いたので、遂に同月三〇日工場の一時閉鎖の止むなきに至つたものである。この間、原告等が時間外労働をしたのは僅かに昭和三三年一二月末頃の数日間だけであつて、その他は全く時間外労働をしないばかりか、昭和三四年二月以降は申訳的に午前中のみ作業したにすぎず、したがつて、この間毎日三時間の時間外労働したことなどはまつたくないのである。
3 さらに、原告等のうちつぎの者は、左記日時には、前記京都橘屋の手伝に赴き、被告会社に出勤していないから、これらの者が右日時被告会社で時間外労働をなしうる筈はない。
仲田勉 昭和三二年一〇月二二日
松田勇 同年一一月から昭和三四年二月まで
田口修 同年一二月二日
柴田登 同月一一日、昭和三三年一一月九日、同月一五日、昭和三四年一月三日、同月七日(計五日)
大岩新太郎 昭和三二年一二月一一日、同月二三日、同月二九日(計三日)
田中卯三郎 同月一一日、昭和三三年二月一四日、同年四月一九日、同月二七日、同年五月二三日、同月二六日、同年七月六日、同年一〇月二八日、昭和三四年一月五日(計九日)
石井尚夫 昭和三二年一二月二六日、昭和三四年一月二五日、同月二八日(計三日)
中西昭夫 昭和三二年三月二三日、同月二六日、同年四月一九日、同年五月三日、同月五日(計五日)
村上照夫 昭和三三年三月三〇日、同年五月五日(計二日)
山根治邦 昭和三三年七月一六日
榧野貞夫 同年一〇月一六日
瀬戸口茂 同年一一月一日、同月八日(計二日)
馬場良之 昭和三四年一月二一日
赤松虔誠 同年一月二七日
大石義秋 同年一月二七日
4 また、つぎの者は、出張応援等のため、つぎの一定期間、被告会社の勤務を欠いている。したがつて、これらの者が右期間、被告会社で時間外労働をしていないことは明らかである。
植村誠治 昭和三二年三月から同年五月まで、訴外ちもと菓子店に応援手伝
瀬戸口茂 昭和三三年七月一二日から同月一五日まで、および同年一〇月四日から同月八日まで、いずれも、東京に出張
二、請求原因二の時間外労働賃金の支払義務の存在は否認する。被告会社では、特に労働基準法第三三条、第三六条、第四〇条所定の手続を経ていないけれども、前記のように季節により変動の激しい営業状態であるため、原告等と労働契約を結ぶ際、最長三時間程度の時間外労働をしてもらう場合のあることを予定したうえで、一カ月一定額の手取賃金を定めとりわけ夏場には正午過ぎに仕事を終了するような事情もあり、現実には三時間の時間外労働をしない月があつても年間を通じて同額の賃金を毎月支給することにしたものである。こうした賃金支給方法は、単に被告会社にとどまらず、生菓子製造界の慣行である。なお、原告等は被告会社に昭和二六年四月一日制定施行の就業規則があるように主張するが、かかる就業規則は存在せず、昭和三四年四月七日被告会社に会社更生法の適用があり、更生会社になつてから始めて就業規則を制定したにすぎない。また、労働基準法との関係についても、前述のとおり被告会社では特に同法第三三条、第三六条、第四〇条所定の手続は経ていないが、仮りに冬場は時間外労働をすることがあつても、夏場は暇であるから、一年を平均すると一週四八時間労働となり、実質的に同法第三二条第二項の範囲を出ないから、同法第三二条第一項に違反しない。そして、賃金については時に三時間程度の時間外労働をすることを予定してこれを定め、しかも年間を通じて全く同一額を毎月支給することにしたのであるから(なお、被告が原告等に支払つた賃金は別表三の月額賃金欄に記載の通りである)、右賃金を以て一日八時間労働に対する対価とみることはできず、仮りに労働時間の点において一日八時間労働を超える範囲が無効であるとしても、右のように定められた賃金がそのまま一日八時間労働の対価になるというのは承服し難い。
なお、原告中山孝夫は取締役工場長であるから、時間外労働賃金を請求する資格がない。
(立証省略)
理由
一、原告等がいずれも被告会社の従業員として生菓子製造部門に勤務し、毎月別表三の賃金月額欄記載の賃金の支払を受けていたものであることは、当事者間に争いがない。
二、ところで、原告等は、昭和三二年四月一七日より同三四年四月一六日までの間、別表二の「出勤日数表」に記載の日数の出勤に常に一日について八時間の労働時間を超え、三時間の割合でいわゆる時間外労働に服したと主張するので、以下順次判断する。
1 成立に争いのない甲第一号証の一ないし二八、第二号証の一ないし三二、同第三、第四号証の各一ないし三〇、第五、第六号証の各一ないし三九、乙第一号証の一ないし二九、第二、第三号証の各一ないし三八、原告中山孝夫、被告会社代表者岡本敬之助各本人尋問の結果によれば、被告会社備付の出勤簿には原告等はいずれも、昭和三二年四月一七日から同三四年四月一六日までの間、早退等をした日を除いても、すくなくとも別表二記載のとおりの日数だけは出勤したように登載されていること、もつとも、原告等のうちには日は確定できないが右出勤日のうちで訴外八木隆次経営の京都橘屋等に手伝いに赴いたものがあること、しかして、右訴外人は生菓子製造の技術を有し、昭和二六年被告会社設立に際し代表者の岡本敬之助より被告会社の生菓子製造部門の人事、労務管理を一任されていたところ、同訴外人は他に自ら京都橘屋を経営しており、ここに原告等のうちの何人かを技術修得等のために派遣していたこと、しかしながら、給料は右の場合でも被告会社に勤務したものとして被告会社より支給されていたこと、以上の事実がそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、原告等が京都橘屋等に派遣された日も被告会社に勤務したものとみなさざるを得ないから、結局、原告等は、昭和三二年四月一七日から昭和三四年四月一六日までの間、別表二記載のとおりの日数被告会社に出勤したものというべきである。
2 そこで、つぎに原告らの右出勤日における勤務時間について検討する。
前掲甲第一号証の一ないし二八、第二号証の一ないし三二、同第三、第四号証の各一ないし三〇、第五、第六号証の各一ないし三九、乙第一号証の一ないし二九、第二、第三号証の各一ないし三八に、証人佐藤久芳、同平沢雅の各証言、原告中山孝夫、同佐久間利夫、同馬場良之、同瀬戸口茂各本人尋問結果の一部、被告会社代表者岡本敬之助本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告らをふくめ被告会社の菓子製造部門に勤務する従業員は、いずれも、被告会社に従業員として雇用されるにあたり、とくに勤務時間が何時から何時までといつた取決めもなく、ただたんに、それぞれ一週にすくなくとも一日の休日を前提とする一カ月の手取賃金の額を取決めただけで勤務に服していたものであること、そして、被告会社は、昭和二六年三月頃設立された会社であるが、これまでに就業規則を制定したこともなく、また、従業員も労働者意識が低く労働組合を結成していなかつたので、もとより組合とのあいだで労働協約を結ぶということもなかつたこと、ところで、被告会社で製造する菓子は、大阪市内に設けられた被告会社直営の販売所で販売されるほか、主として、二、三の百貨店に納入販売されていたものであるが、もともと、菓子の売れ行きは年間を通じ季節的に変動があるため、それに伴い、被告会社における菓子製造の業務も、一年のうち、六月から八月までの三カ月間は、夏場と称して暇であり、その他の月、すなわち九月から翌年五月までの期間は、冬場と称して忙しくなるものであつたし、また、一日の仕事量にも繁閑の差があつたこと、すなわち、被告会社では需要者が一日中に販売できる量を見込んで発注してくる分に応じ、菓子の製造を進めていたもので、平常百貨店等から午後四時頃前後に翌日分の注文が届けられるので、その時分から右注文に見合う菓子の製造で忙しくなり、比較的貯蔵のきく菓子類については当日中に製造するが、貯蔵のきかない菓子類については、翌朝早くから製造をはじめ百貨店の開店時刻までに間に合うよう納入するのを常態としており、従業員の一日の勤務状態は、朝夕方が忙しく、その中間は比較的暇で仕事も少なかつたこと、そこで、原告らをふくめ被告会社の菓子製造部門に勤務する従業員は、何時も午前六時までには全員出勤して作業に取り掛り、朝の作業が一段落すると、一旦作業は暇になるが、夕方にはまた忙しくなり、結局一日の作業を終え退社できる時刻は、前記のように注文量の少くなる夏場にあつては午後五時頃であり、また、夏場とは反対に注文量の増える冬場にあつては午後七時頃であつたこと、そして原告等も右労働条件を一応承認して勤務していたものであること、以上の事実が認められる。原告中山孝夫、同馬場良之、同瀬戸口茂各本人尋問の結果中、原告らは、いずれも、いわゆる夏場にあつても、早くとも午後六時頃までは勤務に服していた旨の供述部分は、前掲証拠に照らし、とることができない。また、被告は、原告ら従業員は、被告会社が会社更生手続開始の申立をした昭和三四年一月四日以後には一斉に怠業した旨主張するけれども原告中山孝夫、同佐久間利夫ならびに被告会社代表者岡本敬之助の各供述によれば、被告会社が会社更生手続開始の申立をした当時には、なお、被告会社の業務は平常どおり動いており、原告ら従業員の勤務状態に変化がなかつたこと、ただ、被告会社に対する更生手続開始決定がなされた昭和三四年四月一七日直後頃、被告会社株主総会において、従前常務取締役の地位にあり、菓子製造部門の主宰者でもあつた訴外八木隆次が取締役に再任されなかつたことから、同人を慕う原告ら従業員に動揺がみられ、その頃から怠業がはじまつたにすぎないこと、以上の事実が認められるから、被告の右主張は採りえない。
前記認定の事実によれば、原告らと被告会社とのあいだに結ばれた労働契約では、とくに勤労時間についての取決めがなかつたものであるが、原告らは、ただ、その日の仕事の量に応じ一日の勤務に繁閑の差はあるものの、事実上一年のうち、六月から八月までのいわゆる夏場にあつては、午前六時から午後五時まで、一月から五月までと九月から一二月までのいわゆる冬場にあつては、午前六時から午後七時まで、勤務に服していたものということができ、したがつて、原告らの一日の実労働時間は、一時間の休憩時間を除くと(被告会社が原告ら従業員に前記勤務時間中一時間の休憩時間を与えていたことは、弁論の全趣旨によつて認められる)、いわゆる夏場にあつては、一〇時間、いわゆる冬場にあつては一二時間であるといわなければならない。なお、原告らの一日の勤務状態をみると、仕事の性質上、朝夕を除く昼間には仕事が比較的暇であつたことも窺われるのであるが、暇であるといつてもその間全く労働しないというわけのものではない以上この時間をもつて前記実労働時間の算定を左右することはできないものというべきである。また、原告らのうちのあるものが京都橘屋に派遣されたり他に出張したりした日のあることも前記認定のとおりであるが、当日の労働時間については、被告会社から特段の指示があつたことの認められない以上、もとの事業場において従来どおりに勤務したものと同視すべきであるから、右の者らが被告会社の外で勤務した日の労働時間もまた前記実労働時間と同一であると認めるのが相当である。
3 右のとおり、原告らの労働時間が、いわゆる夏場にあつては一〇時間、冬場にあつては一二時間ということになると、右労働時間の定めは労働基準法第三三条、第三六条所定の手続を経たものでないかぎり(右手続が経由されていないことは被告の認めるところである)、同法第三二条にいわゆる一日八時間労働の原則に反することは明らかである。そうすると、同法第一三条により、原告らの被告会社における労働時間の定めは、一日八時間とする契約に修正されるものと解すべきである。
三、ところで、労働時間を前記の通り修正した上で労働契約を有効とする場合に、賃金がどうなるかは一つの問題である。一般に賃金は常に労働時間に比例して定められるものとはいえないから、労働の性質や契約内容などから時間給であることが明らかな場合の外は、賃金の部分については影響がないものと解するのが相当である。そこでこれを本件についてみるに、原告等の賃金が時間給ではなく月給であり、その労働時間が季節や仕事の繁閑により長短があり一定していないのに拘らず、一年中同じ額に決められていたことはさきに認定した通りであるのみならず、被告会社代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告会社においては菓子製造部門以外で働く従業員については労働時間を一日八時間とし、これを超えて就労した場合には、その時間に応じた時間外の割増賃金を支給していたこと、然るに原告等のように製造部門で働く者に対して前記のような賃金の定め方をしたのは、製造部門においては時間外労働をすることが常態となつており、しかも冬場においてはそれが相当長時間に亘るところから、一般の従業員と同じような賃金の決め方をすると賃金の計算が煩わしい上に時間外賃金が著しく増加し人件費がかさむので(もつとも、基本賃金を低くするとよいわけであるが他の従業員等との均衡上製造部門に従事する者の基本賃金のみを著しく低くすることは事実上困難である)、これを抑制することにあつたことが窺われ、結局において基本賃金の額を決める際その額について若干考慮する代りに労働時間がいくら延長されても、その延長された部分に対する時間外賃金は一切支給しない趣旨の契約と実質的に異なるところがない(かような時間外労働に対し賃金を支払わない旨の取り決めが労働基準法第一三条により無効であることは、いうまでもない)ことが認められる。そうすると、原告等が支給を受けていた月額賃金から被告主張の如き逆算の方法で原告等の基本賃金を算出することの不当であることは明らかである。よつて、本件原告等と被告との間の労働契約は、労働時間を一日八時間とし、賃金月額を別表三の賃金月額欄に記載の金額とする契約として取扱われるべきものである。
ところで、原告等は現実に一日一〇時間(夏場)ないし一二時間(冬場)労働したことは前記の通りである。そうすると、原告等は労働時間が一日八時間であるのに義務のない一日二時間(夏場)ないし四時間(冬場)の時間外労働をした結果となる。そこで、右時間外労働につき基準法第三七条の時間外の割増賃金の請求権があるかどうかが問題となる。(なお、原告等は、まづ、右割増賃金の請求権は、昭和二六年四月一日制定施行の被告会社就業規則および給与準則の規定に基く旨主張するが、被告会社に就業規則の制定がなかつたことは前記認定のとおりであるから、右主張は前提を欠きとりえない)。
同法第三七条によれば、同法第三三条及び第三六条の条件を具備した時間外労働には使用者は割増賃金の支払義務のあることは明らかであるが、右条件を充足しない違法な時間外労働に対しては法は明示するところがない。しかしながら、適法な時間外労働に対し割増賃金の支払義務があるならば、違法な時間外労働をさせた場合にはより一層強い理由でその支払義務を認めるのが当然であるから、同法第三七条は前記条件を具備しない場合にも、時間外労働に対し割増賃金の支払義務を定めたものと解するのが相当である。
そうすると、被告は、原告等に対し、原告等の夏場二時間、冬場四時間のうち原告等の求める三時間のそれぞれ時間外労働に対し、そのすでに支給した別表三記載の賃金月額欄記載の賃金を基本賃金額としその一時間当りの賃金額に二割五分の割増金を加算した同表の時間外労働賃金合計欄記載の時間外労働賃金を支給すべきものである。
四、ところで、原告中山孝夫については、同原告が被告会社の取締役工場長の地位にあつたことは当事者間に争いがないところ、同原告が労働基準法第四一条第二号にいう監督若しくは管理の地位にある者に該当するか否かを決めるについては、単なる名称にとらわれず実質を見て判定すべきものと解するを相当とするところ、甲第一ないし第四号証の各一、乙第一ないし第三号証の各一ならびに原告中山孝夫本人尋問の結果によると、同原告は被告会社の取締役に選任されてはいたが名ばかりのもので一度も役員会に招かれず、役員報酬なるものも受けないで毎月他の原告等と全く同じ賃金体系による賃金を支給されていた外、出社退社についても他の原告等と全く同じ制限を受けており、また工場長とはいいながら何等実質の伴わない形式上の名称だけにすぎず製造工場の監督管理権は常務取締役である訴外八木隆次にあつた事実が認められる。以上認定の事実から考えると同原告は同法第四一条第二号にいう監督又は管理の地位にある者に該当しないものと解するのが相当であるから被告は原告中山孝夫に対してもその時間外労働賃金を支給すべき義務があるものといわねばならない。
五、そうすると、被告は原告等に対し、別表三の時間外労働賃金合計欄記載の時間外労働賃金およびこれに対する本件訴状送達の日の後であること記録上明らかな昭和三四年一〇月一八日より各支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は右の範囲においてこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷野英俊 坂詰幸次郎 渡瀬勲)
(別表省略)